1961年12月1日に宮城県松島基地においてF-86Fを改造したRF-86F18機を持って編成された偵察航空隊第501飛行隊だが、その後埼玉県入間基地に本拠地を移した。そのRF-86Fの老朽化に伴いRF-4Eが導入され、1975年1月21日に部隊運用承認がおり、茨城県百里基地おいてRF-4Eの運用を開始した。1975年10月1日に偵察航空隊本部を入間基地から百里基地に移し、RF-86Fを運用する入間基地は分遣隊として残された。1977年にはすべてのRF-86Fは創隊司令部飛行隊に移され、RF-4Eのみの運用となった。1993年にはRF-4EJが配備され、現在に至っている。 |
1960 | 偵察航空隊編成準備開始 T-1開発テストに使われていたT-28(1963/07/03 宇都宮でエンジン損傷)を使用。 |
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1961/12/01 | 松島基地で第501飛行隊を編成 | |
1962/08 | 入間基地へ移動。(RF-86F×16機、F-86F×4機、T-33A×2機、RT-28×1機) | |
1974 | 301SQにて、RF-4Eパイロット養成開始。 | |
1974/11/26 | アメリカで#901、#902を受領 | |
1974/12/03 | #901、#902日本到着 | |
1975/01/21 | 空幕より部隊運用承認 | |
1975/03 | RF-4E、14機完納 | |
1975/06/08 | RF-4Eの#912、#913、#914が百里に到着。 | |
1975/10/01 | 本部、入間基地から百里基地へ移動。入間には分遣隊としてRF-86Fを4機(#401,#421,#425,#428)保有。 | |
1976/10/01 | RF-4E運用開始 | |
1976/11 | RF-4Eに対して3色迷彩を採用。 | |
1976/12 | IRANを終えた#908が3色迷彩で百里に戻った。 | |
1977/03/25 | 入間分遣隊整理(ハチロクは総飛に)。 | |
災害派遣など民間への協力を積極的に行い、高い評価を受けている。501飛行隊は偵察航空隊の一組識であって、偵察航空隊の中には他に偵察装備隊、写真技術隊がある。 書き漏らしですが、501sq編成時にあったRF-86Fは#401、#404、#409、#410、#416、#424の最低でも6機はあったようで、#404が最初の改修機とのことです。少数のF-86は確認できた限りで#457、#758、#944、#952があった様です。 2000/11/19
かずさんよりの情報により追加・訂正 |
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1977 | 尾翼の部隊マークをウッドペッカーに変更 | |
1986/08 | 日航機、御巣鷹山墜落事故に対して偵察活動を実施 | |
1990/01 | RF-4EJの機体改修開始(#406) | |
1991/12 | 創隊30周年(#911に記念塗装) | |
1992/02/04 | RF-4EJの初飛行 | |
1992 | 九州普賢岳の火山活動に対しての写真偵察活動を実施 | |
1993 | RF-4EJの部隊運用が許可され、部隊配備が開始される。 | |
1994 | 航空自衛隊創設40周年に伴い、#376に記念塗装。 | |
1995/03 | 阪神淡路大震災の被害状況への写真偵察を実施 | |
2000 | 北海道有珠山噴火に対しての写真偵察を実施 | |
2001/12 | 創隊40周年 |
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